衆議院の解散以降、新党の結成が相次ぎ、はたまたその合従連衡が毎日のように報道されている。いつのまにか「第3極」という誰が言い出したのか意味不明なフレーズが横行している。
この間までは、維新の会と太陽党が合流したと思いきや、滋賀県知事を党首とする「未来の党」が旗揚げし、これに国民の生活第一(?)が合流し、「脱原発」で行動を共にするという。まさに雨後の筍状態。民主、自民の2大勢力の対抗軸として意図的にスポットを浴びせている感が否めない。
しかし、ここに非常に危険な匂いがする。政党であるから同じ目的で結集することは別にかまわない。が、重要なのは、その目的で集まった集団が、一体日本をどういう方向に導いていくのか、どういう政治を実行していくのか。その具体的な姿は一向に見えない。
脱原発だけが政治ではあるまい。反消費税増税だけで国家を動かすことができるのか。外交・安全保障は?経済対策はどうする? 社会保障についてはなにをしてくれる?何も示していないではないか?
脱原発など、単一イシューでのアピールは一面単純でわかりやすく、国民受けしやすい。しかし、逆の見方をすれば、複雑な政策を提示しても国民が理解しないだろうという、意識の裏返しであり、あまりにも愚弄してはいないか?そこに見え隠れするのは、「いかに権力に近づくか」という思惑ばかりである。
これを報道するメディア側も、こうした「第3極」がどういう政策を考えているのかは抜きにして、ただ誰と誰がくっついた、あるいは離れた、的な報道に終始している。このままでは、世論をミスリードする危険をはらんでいる。到底メディアの本来の使命を果たしているとは思えない。コマーシャリズムとさえ思えてくるほど、うんざりする内容である。
まさか、「郵政解散」時の政治ショーの再現を目論んでいるのではあるまいが、公示直前のこの時期に、あまりにも何のための、誰のための政治か、という本質を見誤らせるような状況が目に余る感がある。政権交代後の3年余で沈没寸前に陥った日本を再建するため、今こそ真の眼を見開いて誰に託すか、その選択は大事であり、またきわめて重い。