5月3日憲法記念日には、毎年護憲派、改憲派それぞれのアピールがメディアで報道される。今年の中心的な話題は、憲法第96条をめぐる議論である。
同条は、憲法を改正する場合の手続きを規定しており、国会議員の3分の2以上による発議、そして、国民の過半数の賛成、により改正が成立することを規定している。この国会議員の「3分の2以上」の発議要件を「過半数」に引き下げる内容の改正を先行させようという議論が提起されている。
これまで、現行憲法は、日本国民が自発的に制定したものではなく敗戦後に戦勝国から「押し付けられた」ものであるから、いわゆる「自主憲法」を制定しようという主張が見られた。その際、96条は改正のハードルが高く、その意味からか、96条の手続き規定を先行改正し、今後の憲法改正の発議をしやすくしようという主張が展開されているようである。
これに対しては、手続き要件の改正だけというのは、今後「何を改正したいのか」という実体的な部分が見えず、国民にとって理解しにくいという批判がある。
確かに、憲法のどの部分を改正したいのか、あるいは全部を改正するのか、肝心な点が不明確な中で手続き条項だけ改正することに対しては、判断は難しいと思われる。実体的な議論とセットでという主張はこの意味で首肯できる点がある。
現行憲法は、国民主権、平和主義、基本的人権、という3つの基本理念をうたっている。これらは、人類のこれまでの経験から幾多の試練を乗り越えて確立された「普遍的価値」であり、成果である。 特に平和主義は、9条の戦争放棄等を内容とし、世界でも類を見ない日本国憲法の大きな特色とされている。
制定後半世紀以上経過し、社会情勢や国際関係の変化という憲法を取り巻く事情の変化に対応する必要性を否定するものではないが、現行憲法の有意性を踏まえた国民的な議論を十分行わなければならない。そもそも憲法というのは、国家と国民の関係を規定する最高規範であり、国民のために国家権力を制限するという歴史的な意義を持つ。特に現代憲法は、「国民のための国家」を実現するためのものであり、決して「国家のための国民」を実現するためのものではない。
改憲論議は、国民に対して改正内容等の具体的論点を提示し、国民が判断するうえで必要な情報提供を行ったうえで、しっかりとした議論を行うべきである。手続き論はそのあとでも十分間に合うのではないか。