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地域で支え合うには

5月27日、地元地区社会福祉協議会の26年度定期総会に招かれ、ご挨拶をさせていただいた。

席上、2025年問題を見据えて国を挙げて地域包括ケアシステム構築が大きな課題であることに言及し、そのためには、地区社協でこれまで取り組んできた「小地域ネットワーク」事業がカギを握ることを訴え、社協の役割がますます重要になることを語った。

小地域ネットワーク事業は、簡単に言えば、日常生活上のいわば最小単位ともいうべき「隣近所」でお互いに見守りあおうというもので、本来「事業」というよりは毎日の生活の一部としての性格を持つものである。平成19年9月議会で初登壇した際にもこれを取り上げ、今後の地域づくりの核になるべきと訴えたことが懐かしい。

現在、各地の地域包括ケアシステムに向けた課題検討や研究がぼちぼち報道で漏れ伝わってくる。が、断片的であり、報道内容からは、介護や医療、住まいなど「フォーマルな」資源についての検討に終始しているかのような印象を受ける。

こうしたフォーマルな資源はいってみれば「制度的な裏打ち」がされているものであり、「経費」と「手間」をかければ、ネットワーク化やコーディネートはある程度実現可能である。しかしながら一番厄介な課題は、厚労省のスキームに新たに位置付けられている「互助」という「インフォーマルな資源」をどう開拓し、定着させるかである。

この「互助」という概念は、同省のスキームによれば、費用負担について制度的な裏付けがない「自発的なもの」とされる。高齢者を支える地域資源として正式に要請されているが、地域の現状に鑑みた場合、大きな困難が横たわっていることに気付く必要がある。

「互助」は、例えていえば在宅生活を続ける高齢者の見守りであり、異状を察知する「気付き」のシステムである。医療や介護などは「ケース」の発生に対するセーフティネットとしてのシステムであり、いわば「客待ち」のシステムである。言い換えれば、「ケース」が発生して初めて機能するものである。

問題は、こうしたネットワークにつなぐべき「ケース」をどうやって見つけ出していくかである。高齢者の場合、昨日元気でも今日突然倒れることもしばしばある。単独世帯であればSOSを発することができないかもしれない。部屋の中で身動きできず誰からも助けをえることができないこともある。風呂場でヒートショックで倒れないとも限らない。

こうしたこれまで比較的問題なく地域生活を送っていた高齢者は、地域での「異状察知」システムがなければ、地域包括ケアシステムが基本理念とするところの「住み慣れた地域で安心して余生を送る」ことなど到底できないだろう。ここに「互助」という概念を持ち出す本当の意味がある。そして、これが人間関係の希薄化や、行き過ぎた個人主義の風潮など、地域が抱える現状を前にしたときに、大きな課題となって立ちはだかっている。

小地域ネットワークの重要性に言及するのも、はたまた児童の見守りや地区内のいろいろな団体の事業への参加を呼び掛けるのも、せめて「最低限の」つながりをもう一度地域につくろうという発想である。大規模災害を乗り越えるためのコミュニティづくりを本会議で訴えてきたのも、すべてこの「最低限の」つながりこそが、これからの地域生活を可能にする大きなカギと考えるからである。つながりが生まれれば「互助」も生まれ、究極には「支え合う地域社会」の実現も可能となる。フォーマルな資源にばかり目が奪われると問題の本質を見誤る危険がある。

こうした「インフォーマルな」資源づくりは、大変な労作業である。どうすれば人々の視線を向けさせることができるか?地域包括ケアシステムが構築できるか否かは、このインフォーマルな資源の成否にかかっているといっても過言ではない。

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