昨日、絵本の里・北海道剣淵町を舞台に、俳優の大地康雄さんが企画・主演した映画「じんじん」を鑑賞した。
剣淵町は、旭川市の北約50kmに位置する人口3,500人の農業を中心とした町である。
昭和63年に町の若者が「けんぶち絵本の里を創ろう会」を結成し、まちを挙げての議論の末、平成16年に世界中の絵本約45,000冊を収蔵する「絵本の館」が完成し、毎年メインイベントとして「絵本の里大賞」を開催するなど、絵本を真ん中に、人と人の心が通う「絵本の里づくり」に取り組んでいる。
そこには、仕事の合間を縫って絵本の読み聞かせボランティアに集まる人が数多くいることに象徴されるように、日常生活の一部として当たり前のように絵本にふれている町の文化がある。絵本の里は、絵本と福祉と農業が一体となった文化を創造するとある。
絵本をきっかけとしたまちづくりの動きが生まれたエピソードが象徴的である。
札幌の飲み屋で居合わせた客が誰ひとり剣淵町のことを知らなかったことに悔しい思いをした若者が、何とか剣淵町を全国に発信したいとまちづくりを呼びかけたことから始まる。
バブル景気に沸き、ゴルフ場開発やリゾート開発が活性化の一般的な手段と半ば常識化していた時代に、ある出版社の編集者の何気ない一言から、フランスの田園風景に似ている剣淵の美しい風土に絵本の美術館をと、先の創ろう会が生まれた。
当然、絵本でまちづくりなんて、と冷ややかな反応。しかし、めげない若者。絵本の全戸回覧、読み聞かせ会などを通じて、一歩一歩町の人の理解を広げていく。
その熱意は行政も動かし、やがて「絵本の館」の整備、絵本の里大賞へと結実していく。10年以上かけてまちづくりの形がはっきりと見えてきた。まさに、イノベーションの旗手である「若者」のもつ圧倒的なエネルギーがその原動力となっている。
そして、俳優の大地康雄さんが訪れ、剣淵町を舞台にした映画作りへとつながっていく。
物語は、大地康雄さん演じる大道芸人立石銀三郎が剣淵町の幼馴染(佐藤B作さんと中井貴恵さんの演ずる夫婦)が営む農場の手伝いに訪れた時に、たまたま体験修学旅行でやってきた東京の女子高生4人と出会うところから始まる。
そのうちの一人、小松美咲さん演じる日下部彩香が銀三郎と出会った時から様子がおかしくなる。この先の展開を暗示させるシーンが続く。
やがて、銀三郎のつらい過去が明らかになる。目の中に入れても痛くないほどかわいがり、毎晩のように話を語り聴かせた娘との別れ。妻との離婚により以来会うことも許されなかった娘は、銀三郎の中では6歳のままで止まっている。
最後に娘に聞かせたのは「クロコダイルとイルカ」という話だった。イルカに娘の名前を付け、獰猛なクロコダイルに睨まれたイルカの命が風前の灯となるところで銀三郎は疲れて眠ってしまう。
結局、物語の結末を聞きたがっていた娘との約束を果たせぬまま時が過ぎていく。
映画のラストで、絵本の里大賞をとって、娘に何とか届けようと奮闘するも、ある事情で結局出品をやめてしまう。が絵本は完成していた。
結末を話せぬまま別れてしまった娘に、空白の10年間を超えて物語の結末を1冊の絵本に託して、無言のまま去っていく銀三郎。
あとは映画をご覧になってほしい。父と娘。そして母の再婚相手、板尾創路演ずる不器用なクリーニング店の店主との心の壁。
絵本と剣淵の温かい人々がその「氷」を溶かしていく。まさに、心の「つながり」が生まれた瞬間である。
大地康雄さんの心を動かした剣淵町というまち。象徴的なものが、映画の中で村田雄浩さんが女子高生たちにいうセリフである。
アルパカ牧場にやってきた女子高生たちが、おなかが空いたので牧場で昼食をとろうとしたが、食事の提供はしていないという。女子高生たちは、こんなに訪れる人がいれば食事処を用意すればもうかるのに、と村田さんにいう。
だが、村田さんは、「このまちでは、自分のところだけ儲かればいい、なんて考えている人は一人もいない」と別の場所にある食堂を紹介する。これこそまちづくりの基本的理念ではないか。
小さな農業のまち剣淵町には、年間60万人もの観光客が訪れるという。地元の人は、なぜこんなに多くの人が訪れるのか不思議に思っているそうだ。
しかし、先ほどのセリフに象徴されるように、絵本を真ん中に人と人の心が通うまちづくり、いわば「交流」をキーワードとしたまちづくりに成功しているからだろう。
バブル期に、「開発」に心を奪われずに。自然風土を生かした、「人」に焦点を当てたまちづくりが、見事に実証を示した。もちろんその陰に重要な担い手である「若者」の存在があったことは、見落とすことはできない。
物語に出てくる「クロコダイルとイルカ」は実際に出版されている。ただし、私が思うに、その結末は、それぞれの親子が自分で創って語り合えばいいと思っている。絵本のラストはそんな終わり方をしているからだ
最後に、もうひとつ心を動かされることがある。
この「じんじん」は大手の配給元から全国の映画館に配給されるロードショーという手法をあえてとらない。
エグゼティブ・プロデューサーの鳥居さんに伺ったが、今全国の地方都市から映画館が消えている。仮にこれまでの方法をとるならば、大都市に住んでいる人しかこの映画を見ることができない。それでは、地方の切り捨てになる。むしろコミュニティの崩壊はおろか、いまや最小単位である家庭の崩壊までもが危惧される現代社会だからこそ、一人でも多くの人がこの映画に接してほしい。
そのための手法が「スロー・シネマ」と名付ける観たい映画を自分たちで上映する手法である。上映できる場所であれば公民館でもいいし、とにかくメンバー集めて実行委員会をつくって上映する。決して「映画館」という制約をはめることはしない。
この「スロー・シネマ」。全国の地方都市で映画の上映を通じてコミュニティの復興を図ろうという「コミュニティ・シネマ」運動と通じるものがある。
観たい映画を自分たちで上映するということをきっかけとした、まちづくりであることは間違いない。わが市でもこのうねりを創っていきたいと考えている。
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