平成26年8月6日~8日の日程で、東日本大震災被災地の視察を行った。
3.11からおよそ3年半が経過したこの時点で、大規模災害への対応と復興に向けた具体的な作業を教示していただくためである。
初日の6日は、南三陸町にお邪魔した。まだまだ復興に向けて大変な状況の中、快く受け入れていただいたことにただただ深く感謝するばかりである。
南三陸町も3.11の大震災で津波による甚大な被害を蒙った。防災センターで最後の最後まで防災無線で避難を呼びかけた女性職員が殉職されたことはいまだに痛ましい記憶である。
人口約18,000人世帯数約6、000のこの町を襲った津波は、被害家屋3,311戸、745名もの方が犠牲になられた。町の職員も1割強の36名の方が殉職された。ただただご冥福を心からお祈りしたい。
わずか数分の間にこれほどの大きな打撃を与えた。防潮堤の高さは5.6mあったが、これを乗り越え津波は襲ってきた。
説明に当たっていただいた議会事務局の係長さんは、防災センターにいて流され、奇跡的に生還したそうである。当事者である係長さんの一言一言はあまりにも重い。
◇避難者・仮設住宅の状況’
H26.5末で677世帯、うち県外避難者は137世帯。仮設住宅は2,195戸、うち1,959戸が入居済
◇災害廃棄物
72.3万tの処理をH26.3で終了。主に復興資材として再利用される見通し。
◇災害公営住宅・防災集団移転団地
災害公営住宅は5地区244戸が工事中。防集団地は28団地を整備中。
◇公共インフラ
JR気仙沼線でBRTの運行を一部開始。今後順次拡大予定。
◇復興まちづくり
行政機能を補うものとして、「PMC方式」を導入、また、工事施工に関連してUR都市機構によるCM方式を導入。
◇産業の復興
農業、水産業の復興に向けた関連施設の整備に順次着手。またグループ化補助金を活用した仮設商店街がオープン。
いずれもこれから「発展期」として復興を加速させる予定であるが、区画整理等の事業を行う上で立ちはだかっているのが、土地の権利関係である。地権者探しから相続による交渉相手の確定など、事務量は想像を絶するものがある。
また、復興予算が膨大に上るため、これを処理するだけの人的資源は町だけでは賄いきれない。そのため、全国の自治体の応援を仰ぐ必要があるが、未だ不足気味という。この点は、国のバックアップが今まで以上に必要な点だ。
ただ、救われる点は、依然コミュニティの力が衰えていない点である。お話を伺っていると、ひしひしとその状況が伝わってくる。
帰り際に防災センターへ案内していただいた。海は何事もないかのように穏やかだった。係長さんにはつらい記憶をよみがえらせてしまった。
「今でも一人になると声を出して泣いてしまいます」。ぽつりともらしたその一言に胸が詰まった。同僚を多く失ってしまったことが、未だ心に傷を残している。
「復興を見届けるまで、震災を伝え続けることが係長さんの使命ではないでしょうか。」僭越にもこんな言葉をかけさせていただいた。
どうか力強く未来に向かって歩みを進めて欲しい。そう願いを込めて南三陸町を後にした。