2月4日午前10時からアピオ甲府で市議会議長会主催の議員合同研修会が開かれた。同研修会は議員活動に資する話題を中心テーマに据えて年2回開催されている。
今回は、元農林水産省職員で、現在岩手県花巻市コミュニティデザイナーに就任している役重眞喜子氏を講師に迎え、「地域コミュニティと行政、平成の合併後の課題」と題した講演を拝聴した。
氏の著作に「ヨメより先に牛がきた」があり、NHKでドラマ化されたそうである。演題は、氏のこれまでの歩みから実体験として関わった農村生活を通じて、コミュニティのいわば原型というものを我々に提示するものである。
氏は平成元年に東大法学部を卒業後農林水産省に入省。文系でありながら幼少のころからの動物好きがあって農水省に入省したというユニークな経歴の持ち主である。
入省2年目の農家研修で岩手県旧東和町に行ったことが大きな転機となる。そこで出会った「人」と「牛」に魅せられ、思わずセリで牛を買ってしまう。これがきっかけで農水省から東和町役場に2年間出向、やがて農水省を退職して東和町役場に籍を移す。
やがて結婚して本格的に東和町の住人となるが、現地では都会から来た若い娘に好奇の目が注がれる。著書の「ヨメより先に牛がきた」はこの時の生活を描いたものである。
氏が惹かれた農村の「人」。都市部では今では見られなくなった濃密な人間関係は、場合によってはうっとおしいものと思えるほど、「濃すぎる」と言われかねないものである。
しかし、病気になったとき、あるいは火事などの不幸に見舞われたとき、その人間関係によって救われることを身をもって体験したことにより、そこに伝統的なコミュニティの実相をみる。
確かに日常生活を営む上で、義理とか手間とかをかけていかなければならない。が、何かあったときにいわば「保険」のように様々な支援の手が差し伸べられる。氏はこれを「リスク保障」と表現し、普段の付き合いは万が一のための「手間暇貯金」だという。実に的確な指摘に感服する。
こうしたコミュニティは自然と内部の様々な課題に主体的にかかわることが当たり前ととらえる。平板な言い方だが、「支え合う地域社会」であることが当然の了解として受け継がれている。東日本大震災により改めて光が当てられた「絆」は、氏によれば「しがらみ」と表裏一体だという。
お互いさま、という戦後から高度成長期にかけて我が国の日常生活を貫いてきたよき伝統は今や過疎と言われる農村部にわずかに残っているに過ぎない、と現代社会を生きるわれわれは感じている。
こうしたコミュニティの伝統的な機能に対して、平成の大合併がどのような打撃を与えたか。氏は花巻市の平成18年の1市3町の合併を通して考察を加えている。
(‘新花巻市の構想は、「小さな市役所」を目指して旧町を解体して27の新たな「広域的コミュニティ」を設定し、そこに2億円の交付金を投下して拠点づくりを進めた。
合併は行政運営の効率化を図る一方で、これまでの行政区や自治会の役割に微妙な変化をもたらす。いってみれば、地域コミュニティを行政の「下請け」的な存在に追いやってしまったのではないか、ということである。
確かに新たなコミュニティ組織の財政的な基盤は充実したかもしれないが、そのことがコミュニティの主体性を次第に蝕み、行政への依存意識を助長させてしまったのではないか?氏の住んでいる旧東和町がまさにその状況ではないか、とやんわりとした表現ではあるが氏はとらえているように感じた。
これまで、伝統的なコミュニティが弱体化する要因として私もかって考察したことがあるが、「人」を介さなくてもモノや情報が手に入るようになると、次第に「人間関係」が煩わしくなっていき、これがお互いの結びつき、絆を弱めていく。やがて地域活動が必要性に疑問が差しはさまれ、衰退化していく。
この意味で、平成の大合併が果たして人口減少社会で基礎自治体の基盤強化をもたらしたか、検証する動きがでるのは自然の流れともいえる。
結果として、合併がもたらした負の側面が認識され、それは一つには、地域生活を営む上でのリスクが見えにくくなったこと、また他方でそのリスク自体の高度化・専門化がもたらされ、次第にコミュニティのもつ対応力が相対的に失われつつあると見える。
今消滅地域という衝撃的な課題解決に向けて「地方創生」が起死回生の対策ととらえられ、全国どこに行っても人口ビジョン・地方版成長戦略が練られている。
しかし、もう一度足元をしっかりと見まわしてみる必要があるだろう。氏は原点に戻る、組織と業務の棚卸をする、地域の力を実感できる活動を考える、こうした処方箋を訴える。
その底流にある思想は、地域活動を通じて再びコミュニティの本来の機能を取り戻すことにある、とそれが再び地域を元気にし、消滅自治体という不名誉なレッテルをはがす有効な手立てになると、改めてその方向性に確信をいだく。