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議会における審議のあり方

たまにネット中継で国会の委員会質疑を見ることがある。先日は衆参両院の予算委員会を見た。
国権の最高機関である国会ゆえ、質の高い議論の応酬が見られると期待していたが、あっけなく裏切られた。

いわゆる森友学園の土地取得をめぐって、連日のように野党が入れ代わり立ち代わり、まったく同じ質問を投げかけ、恐らく政府のボロをあぶりだそうと目論んだようだが、1月以上たっても何の問題も掘り起こすことが出来なかった。

取得した土地が地下に廃棄物が大量に埋まっているということから、評価額からその減価要因を減じて算出した価格で払い下げたことをことさら問題視し、政治家の口利きがあったのではないかと大騒ぎをした野党の姿は記憶に新しい。
1月以上の貴重な時間を使っても結局何も明らかにすることは出来なかったばかりか、果たして新年度予算の審議がきちんとなされたのかという懸念が指摘された。

この問題は、新年度予算が成立した以降も、別の委員会で野党が通告なしに取り上げることがしばしばあり、そのたびに審議が紛糾した。らら
たまたま総理が出席するとか、TV中継があるとかいう日に、通告なしに議題とは関係のない事項について取り上げ質問を投げかけるのは、議会の基本ルールに反する議会人として取るべきではない行動である。

委員会でも本会議でも、要は国会が言論の府である以上、議論を深めることをその本旨とする。したがって、どういう内容の質問をするか事前に通告することによって、事前に調査したり、専門の委員を出席させたりして議論の準備を行うことが可能となる。
質問を投げかけて答弁者がうまく答弁できない姿をさらけ出させることが委員会質疑だと誤解している人がいるとしたら、非常に残念である。

現代の政治のありかたというのは、多様なものの考え方を容認する(ダイバーシティ)中で、お互いの立場から様々議論をして、この作業を通じて着地点を見出すという「議論を通じた合意形成」がその根幹をなすということがようやく意識され出してきた。
だが、国会の状況を見る限り未だその域に到達していないことを実感せざるを得ない。
政府を与党を攻撃することだけが野党の役割ではない。議論をするというのはお互いがプランを持ち寄るということだ。決して言葉尻をとらえたり失言を狙って執拗に内容のない質問を繰り返す、などといった極めて拙い言動を見るたびに国権の最高機関性が揺らいでいると感じているのは一人私だけではないはずだ。