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会派視察(2)

会派視察2日目の11月1日、倉敷市にお邪魔し、「おもてなしマイスター制度」について研修した。

倉敷市は岡山県の南部、瀬戸内海に面し、昭和42年に旧倉敷市、旧児島市、旧玉島市の3市が合併して新倉敷市が誕生して本年で50周年を迎えた。

人口は現在48万3千人強と合併当時の31万人から大幅に増加しており、倉敷紡績や国産ジーンズの発祥の地として有名である。毎年9月議会はジーンズ着用で行うそうである。

平成27年に高梁川流域の7市3町で連携中枢都市圏を形成し、倉敷市はその中核都市として圏域のけん引力となっている。

倉敷市には、白壁の建物や柳並木が美しい倉敷美観地区がある「倉敷エリア」、瀬戸内海国立公園の美しい内海風景が広がる「児島エリア」、国内有数の工業地帯である「水島エリア」、港町として栄えた「玉島エリア」、マスカットやスイートピーの産地である「船穂エリア」、静かで美しい竹林のまち「真備エリア」など、地域によって異なる雰囲気を持っている。(市の資料より)

(‘今回調査項目として選んだのは、倉敷美観地区における「おもてなしマイスター制度」である。

制度の誕生経緯を見ていくと、一つにはバリアフリーやユニバーサルデザインといった言葉に象徴されるように、これまでの主流を占めた段差解消や移動の容易性を実現するためのハード整備の限界に気づいたことがある。

倉敷市においても多分に洩れず交通バリアフリーについて基本構想が策定されているが、その考え方を観光地にも広げるべく「美観地区バリアフリー整備計画」を策定し、推進組織も整備した。

これは、バリアフリー化、景観保全、観光まちづくり、の3つの視点からのまちづくりの方向性を定めるものであるが、そのバランスはそう簡単に取れるものではない。

よく提起される問題がバリアフリーのために景観を壊してもいいのだろうか、それでは観光地としての価値を毀損することにならないか、ということである。

結局、美観地区の景観はそれ自体がそのままの姿で価値を持つことから、「行き過ぎた」段差解消のための工事はやめ、人の支援で段差を乗り越えよう、という発想に転換した。ハードパワーからソフトパワーへの転換である。

美観地区バリアフリー推進会議は、こうした観光地におけるバリアフリー化に様々な困難や課題が伴うことから、その解決のため、住民、事業者、行政が互いに協議・調整を行う場、情報交換の場、事業見直しの場として設立された。

美観地区は江戸時代天領であったが、「反骨精神」旺盛の地区という伝統があり、これが現代まで脈々と受け継がれており、そのため、推進会議も「民が主体」の組織だという。市の担当者もその点を強調している。

おもてなしマイスターは美観地区の居住者・就業者を対象に、美観地区を訪れる人に対して、手助け、おもてなしを積極的に提供する「こころ」「技術」を習得してもらい、認定していく制度である。

すなわち、人によるバリアフリー化を目指し、おそらく、そこに人と人との心の交流が生まれることを確信してのことだろうと考えられる。

この点は、開府500年を間近に控える本市でも押さえておくべき点だろう。住んでいる我々が訪れる人を心からもてなすことによってお互いの心に無意識に存在する「段差」を一気に氷解させることができる。このことを確信せざるを得ない。

美観地区ではこうしたおもてなしを提供する店舗を「おもてなし処」として認定している。

マイスターは28年度末現在で554人、おもてなし処は35か所が認定されている。

マイスターは各年代にまんべんなく分布しており、この地区の居住者の意識の高さを示している。また、それは美観地区居住者の誇り、地域への愛着の強さを物語っている。

倉敷市では美観地区でのこうした「おもてなし」の心を市域全体に広げていこうと考えている。

この研修を通して実感することは、改めて「人の手を介しての支援」の必要性を再認識したことであり、また、自分の地域への愛着と地域の課題を主体的に解決していく「地域愛」の醸成がいかに大事か、ということである。

説明していただいた倉敷市交通政策課の担当者は、その美観地区近くに住んでいるそうであり、物心ついた時から美観地区とともに育ってきたという。熱く語っていたその姿は強烈な印象を与えてくれた。

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