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3月定例会の振り返り(2)

前回に続いて今定例会について補足していきたい。

最初の点は、これまでも何回も触れてきたが、委員会審査の方法はこれでいいのかという点である。

委員による質疑は、現状「質疑する委員」と「当局」との間でのやり取りである。本来、質疑という言葉の意味は「疑義を質す」ということであるにもかかわらず、その範囲を明らかに逸脱して、要望を述べたり、意見を主張したりして、しかも毎年繰り返して言及して認められるまで未来永劫要望し続ける、といったくびをかしげざるを得ない事態にしばしば直面する。

始末が悪いのは、質疑者に他の委員が直接意見を差しはさむことは現状制度がない。例えば、質疑者に明確に反対したくても発言できない。

あくまでも当局の答弁による反駁を期待するほかなく、ほぞをかむ思いをすることがしばしばある。先進議会で今や当たり前の制度となっている「議員同士の直接討議」というのは本市にはないのである。

これでは、議決行為が個々の議員の意見表明の単純な集計に過ぎなくなり、議会という組織が機関決定をしたという姿には程遠い。議員同士で意見を戦わせてその結果の合意点を探るということが合議機関の本来の姿だが、現状はそうはなっていない。

地方自治制度は、執行機関である首長と議決機関である議会という「機関対機関」がその中身になっており、個々の議員は「議会の構成員」という位置づけである。そして議会という機関の意思は、構成員の内部的な議論を踏まえて決定されるべきであり、議会という機関が尊重されるのはこの点である。

いずれ、議会機能の検討を本市でも真剣に議論すべき段階にきている。次のステージの中心的な課題となるだろう。

次の点は、第一の点を踏まえて「議論を通じた合意形成」をもっと議会運営の面で意識すべきということである。その好例となるのが地方自治法第99条による意見書提出制度である。

地方議会は当該自治体の公益に関する事件につき意見書を関係行政庁に提出することができる、と規定され、本市でもこれまで多くの意見書を国の関係機関に提出してきた。

今回わが会派から、2本の意見書案を提案した。

一つは、ここ何年かの集中豪雨による中小河川の氾濫により甚大な被害が発生していることに鑑み、こうした河川の河道掘削を進めて少しでも氾濫を防止するための予算を国で確保するよう求める意見書である。これについては、各会派とも異論がなく全会一致で可決された。

もう一つは、長い間相続登記が放置されたこと等により相続人が不明になったり、結果として誰が所有者か分からない土地が驚くほど増えており、こうした所有者不明土地の公共的利用の手続きの円滑化等を図る法制度の整備を求める意見書である。

こうした土地は2040年には720万ha(北海道に匹敵する面積)にもなるという推計があり、東日本大震災の復興事業が遅々として進まなかった一つの要因としても指摘されているところである。現在こうした「所有者不明土地」の活用を円滑に進めるための新たな法制度の整備を目指して研究会が国で立ち上げられている。

現状の制度では、相続人を一人残らず探し出し、その全ての同意を取り付けない限り、公共事業への活用は原則としてできないが、これでは相続登記が長期間放置された土地については、ネズミ算式に相続人が増え、膨大な時間と労力を要し、結果として活用が全くできないという状況も多々あるようである。こうした手続きをある程度簡素化する制度の創設を求める声が高まっている。

この制度は、憲法29条の私的財産権の保障との兼ね合いもあり、議論の余地もあるところであるが、今回一部の会派が明確に反対しないものの、採決に棄権するという事態が生じた。

所有者探索作業等の簡素化を図る点が憲法の規定上、さらに慎重に議論すべきという理由らしいが、基本的人権には「公共の福祉」による制約が伴うことは規定上明らかであり、例えば大規模災害の復興事業の遂行といった極めて高い公益性のある場合などはむしろ必要な制度とも考えられ、この点は議論するのは当然である。

最終的にこの意見書についても可決されたが、その前段階で会派代表者会議で説明したり、最大会派に呼ばれて議論したり、「合意形成の要」として働かせていただいた。

こうした議員同士、あるいは会派間の議論や意見交換は着地点を見出すうえで極めて有効な手段だということを改めて実感した。

今後議論が巻き起こることを強く期待したい。
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