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組織としての一体性がいかに重要か?

平成30年も11月に入り、残すところ2か月を切った。大みそかは開府500年のカウントダウンが予定されている。

年が明ければ県知事選、甲府市長選、中央市議選、上野原市議選が予定されている。そして春になればいよいよ統一地方選である。終われば夏に参議院議員の選挙と、前半は選挙日程が目白押しだ。

知事選は、自民党が長崎氏を擁立し、党本部の推薦が決定した。これまで衆議院議員の選挙のいきさつもあり、前回の知事選は独自候補の擁立を断念した経緯があるが、今回は独自候補で一本化された。

一方、甲府市長選は今のところ樋口市長以外表明しておらず、無風状態である。甲府市議会の主要会派として8月にわが会派も市長に再選出馬要請を行った経緯もあり、今後党サイドでの態度決定がなされる予定である。

地方政治においては、地方固有の課題を解決する課題解決型のあり方が求められる。この点は議院内閣制を敷く国のように、多数派形成による行政執行権の掌握という制度ではなく、議会と首長がそれぞれ直接選挙で選ばれる制度であることからの帰結である。

そして地方政治の安定のためには、行政当局と議会それぞれの組織的な一体性、特に市民福祉の増進という目的観の共有による一体性が強く求められる。

一般的には「団結」という言葉で表現されるが、ばらばらの組織ではその力も完全には発揮できない。構成員がそれぞれ別の方向に向かって勝手に動いているとき、組織の力は当然のことながら相殺され、ゼロどころかマイナスに働く可能性もある。

もちろん多様性を否定するものではないが、最低限の目的観、すなわち市民福祉の増進のため、という点で一致していなければ無用どころか有害な組織になるだろう。

(‘議会という組織においては、もちろんそれぞれの議員は選挙で選ばれてくる以上、多様な民意を背負っているゆえ一体感の醸成は難しいように思われる。

しかし翻って考えてみれば、議会は言論の府であり、合議制の組織である。だから繰り返し主張しているように、「議論を戦わせて」その結果「合意点を見出す」プロセスを正しく踏めば、それが「市民福祉の増進」につながると考えるのが私の立場である。

「議論を通じた合意形成」、これまで何度も主張してきたが、これこそ我々公明党の生命線であり、様々なイデオロギーの対立を「止揚」する役割を公明党が担っていると改めてその責任の重さを痛感する。

現在は会派活動に主眼が置かれているが、会派の掲げる政策の実現には、議会が執行権を持たない以上当局に提言して執行してもらう以外ない。そこでは「ハードパワー」ではなく「ソフトパワー」による、間単に言えば「議論」して納得してもらうというプロセスが求められる。

逆に言えば、説得力に富む合理的な理論の組み立てをして受容に導かなければならない。全く筋が通らないものを力づくで通そうするのは、「市民福祉」という観点からは否定されるべきあり方だ。

常に言論人として理論的に主張し、振る舞いにおいても「リスペクト」されることが肝要である。特に議員は自分の力だという錯覚に陥りがちだということを戒められてきた。

市民福祉の増進という目的観からずれてくるとき、間違いなく組織としての一体性は薄れてくる。そして衰微していく。一人ひとりがいかにこのことに気づけるかだ。改めて自戒したい。
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