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健康都市宣言の賛成討論へ

9月19日本会議で付託された議案の審議が行われ、採決されることとなっている。

今回、健康都市宣言が議案第67号として上程され、民生文教委員会で委員会審議が行われた。が、残念ながら全会一致とはならず、共産党の反対によって議論を尽くした後、起立採決が行われ賛成多数で可決すべきものとされた。

19日の本会議では、委員長報告の後、討論が行われ採決される運びとなっている。

今回の健康都市宣言は、昨年策定された健康都市こうふ基本構想を踏まえて、市民の決意と誓いの宣言として決定するもので、よもや一部から異論が出るとは思わなかったところである。

宣言案は昨年8月以降、策定委員会と市民ワークショップの議論の結晶として出来上がり、今年7月のパブリックコメントを経て今議会に提案された。決して「官製」の宣言ではない。

異論が出た部分は本文の第1の「自分の健康は自分で守り、日頃から心と体の健康管理に努めます。」が、健康を自分で守れない人もいるなかでこういう突き放した言い方は、健康の責任を個人へ押し付けるもので、行政の責任放棄ではないか、というものである。

これは完全に主語を取り違えており、市民自らの崇高な決意と誓いの言葉が行政の言葉にすり替えられている。明らかに文法上の誤りであり、市民が等しく健康づくりの主体であるべきところ、健康を守れない人はこれから排除される結果となっている。こういう方々に寄り添うふりをして結果として「排除」していることに気づかないのだろうか?

明日の賛成討論ではこの点を指摘し、歴史的な市民宣言であることを明らかにする予定である。以下全文を掲載する。

議案第67号「健康都市宣言」について賛成する立場から討論を行います。

開府500年の歴史的な佳節を迎えた本年、甲府市は中核市に移行し、分権時代にふさわしい一層自律的な自治体へと新たな一歩を踏み出しました。

折しも平成から令和へと、時代も新たなスタートを切り、次の500年に向けて市民一人ひとりが主役として生涯活躍することが期待されます。

一方で我が国は、2025年問題、2040年問題という言葉に象徴されるように、かつて世界のどの国も経験したことのない少子高齢化という大きな課題に直面し、これを乗り越えるため様々取り組みがされています。

本市においても、齢を重ねてもいつまでも住み慣れた地域で幸福に暮らしていくための地域包括ケアシステムの構築が進められています。

人生100年時代といわれる現在、こうした社会の仕組みの再構築が行われる中でも、幸福な生涯を送るための最も重要な条件は、どこまでいっても一人ひとりの健康にあり、さらに健康を自分事として捉える機運の醸成がより一層求められるのではないでしょうか。

こうした中、本市は昨年、健康都市こうふ基本構想を策定し、「人」「地域」「まち」が相互に連関し合い、健康の好循環を創りだすことによって、「みんなが健康で 笑顔の絶えない 元気Cityこうふ」を目指して取り組みを進めるとされました。

今回の健康都市宣言は、この基本構想を踏まえ、私たち市民が自らを健康づくりの主体として高らかに宣言するものであり、これを支える「地域」「まち」の役割やあり方を分かりやすく明示したものです。

次の500年へのスタートを切ったふるさと甲府の担い手である誇り高き市民が、自らの決意と誓いを込めた「市民の 市民による 市民のための」宣言であり、住民自治そのものです。決して「行政の 行政による 行政のための」宣言ではない、と私はあえて申し上げたい。

このことは、昨年8月以来幾多の議論を積み重ね、宣言案を策定していただいた、策定委員会及び市民ワークショップの皆様のご労苦から見て、また、前文を通じて、主語が「甲府市役所」ではなく、「私たち」となっていることから見ても明白です。

私は今回の宣言案を初めて拝見させていただいた時、思わず感嘆の声をあげました。

最初の「自分の健康は自分で守り、」の部分に、健康づくりという場面ではあるものの、市民が「主体者」である、という崇高な理念を直感しました。

健康づくりは、市民誰もが生まれながらにして等しく有する「権利」であり、市民はその主体であるととらえるとき、人類史上誇り高きあの「マグナカルタ」やフランスの人権宣言を彷彿とさせます。

いってみれば本宣言は、令和新時代の中核市甲府の健康づくりのマグナカルタともいうべき歴史的な宣言だと私は思います。

こう考えると、最初の部分を個人への責任転嫁論ととらえることが、いかに的外れであるか、論を俟たないところでしょう。

しかし残念なことに、自分で健康を守れない人がいるから、こういう突き放した言い方は行政の責任放棄だ、という趣旨の主張があるようです。が、全く賛成できません。

防犯や防災における「自助」、また食生活改善推進員会のスローガンを思い起こしていただきたい。

いずれも、まず自分自身が、と言っています。これを行政の責任放棄だという声を私は未だかつて聞いたことがありません。

さらに、健康を守れない、と一方的に決めつけるのは、そういう人たちを結局排除することになりませんか?繰り返しますが、これは市民の自らの決意と誓いの言葉であり、行政当局の言葉ではありません。

分かりやすく言えば、行政が市民に対して「自分たちの健康は自分たちで守るように」と上から目線で言っているわけではありません。「主語」を取り違えるととんでもない結果となります。

誰でも等しく健康づくりの主体であるということは、ダイバーシティ、多様性の尊重という観点から、またソーシャルインクルージョンすなわち社会的包摂性という観点からは当然の帰結です。

宣言である以上、説明口調ではなく、力強く歯切れのいい文言になるのは当然です。そのことによって健康づくりを自分事として捉える意識の醸成につながると私は確信しています。

以上のとおり、本宣言の歴史的意義そして次の500年への普遍的な市民宣言であるということを、甲府市民の一人として強くお訴えし、全議員の皆様のご賛同を心から期待して、賛成討論とします。