先日、日本生産性本部が主導する「地方議会改革プロジェクト」第1回会合に参加した。
この会合は、前期から引き続き参加させていただいており、全国の議会改革をリードする先進議会の議長経験者、事務局職員がメンバーに名を連ね、早稲田大学の北川先生、山梨学院大学の江藤先生を中心に、2元代表制のもとでの議会のあり方を深堀していく、本市のようにこれからステージに上がろうという自治体議会にとって有益な会合である。
現在議会改革は、議会基本条例の制定を中心とした形式整備の「第1ステージ」から進んで、議会の政策提言機能を見出した「第2ステージ」に入っていると言われている。
議会改革というと議会基本条例が浮かび、北海道栗山町が初めて制定して以来、「流行」的な形で全国の自治体に広がった。いわば議会が「自分たちのことを自分たちで」定める独立宣言的な側面があったものと私は捉えている。
10年余が経過した現在、もちろんその必要性は否定するものではないが、注意したいのは、議会基本条例は議会の「機関性」を明確にし、議会が住民福祉の増進のために活動するための「ツール」としてのものであり、それ自体が目的ではないことである。
この「ツール」である点を忘れ、その本来の目的を見失うと、言い方は悪いが基本条例を制定したことにより議会改革が達成されたと満足して足が止まってしまうこととなりかねない。
重要な点は、議会が「機関」として住民福祉の増進のためにいかに役立つものとなるか、そして、住民の側から「議会も住民のために役に立っている」と評価されること、そのための仕組みを制度化した形式が基本条例であるという点である。
生産性本部の会合に私が期待して参加させていただいているのは、こうした議会が機関として脱皮するための方途と、議会が住民から「役に立っている」と言われるための機能の再構築についての示唆を期待してのことである。
現在、議会改革の「第2ステージ」といわれる「議会からの政策サイクル」について、議会の議決機能を背景として、住民意見の集約機能とその進化形としての世論形成機能、住民意見から抽出した政策形成、提言機能を議会の本来的機能として捉える方向性についてはそのとおりだと思う。
そのうえで、もう一度原点に立ち返って、政策サイクルを回すことが住民福祉にどれだけのメリットないしベネフィットをもたらしているか、をどう「量って」いけばいいかを明らかにしたい。
住民側からはこうしたことが自分たちにとって有益かどうか、シビアな目が向けられることが必至であり、特に全国的に政務活動費の不正があったり資質を疑うような事例が相次いで、そもそも議員に対する不信が根強くあり、これが極端になると議会不要論が台頭してくる。議会の「自己満足」と言われないためにも、議会からの政策サイクルが住民福祉の増進に「これだけ」役に立っていると明快に説明できることが必要である。
端的に言うと、議会が提言する「政策」が住民にどれだけ役に立っているかという「評価」をどういう形で行うかの問題であり、これは首長が執行する政策に対する「評価」も同じことが言える。「評価」を分かりやすく「定量化」できないか、であり、こうした定量的評価が可能であれば住民に対する説明もより容易になる。これを生産性本部の会合に期待したい。
この「評価」を含めて、先日行われた決算審査特別委員会から、委員長としてかねてから感じていた議会についての現行制度の課題を改めて実感した。
一つは、決算審査と名がつくもののその内容は「審査」という名に値するか、という点である。
審査という以上、議決予算が議決目的どおりに使われていたか、そして住民福祉向上にどれだけの成果が上がっていたか、を検証することが求められる。住民側からは自分たちが納めた税金が役に立つ使われ方をしたか、が興味の中心であり、仮にこの点についての説得力ある説明がなければ、その納税意欲をそぐ結果につながりかねない。しかしながら、現実の決算審査ではこうした視点での質疑はほとんどない。これでは「どういう理由で」決算を認定したかについての説明がはたしてうまくできるか、疑問が残る。
二つ目には、議会が最終的に本会議で採決により決算を「認定」するという「意思決定」をするが、はたして「機関としての」意思決定といえるかどうか、という点である。
機関としての意思決定と言えるためには、機関内部でお互いの考えを述べあい、こうした議論を通じて最終的に調整して意思決定を行う、というプロセスが必要である。
しかし、現状は議会の構成員である「議員」がお互いに議論し合うという制度は取られていない。現状は各議員が当局に対して「質疑」と称して自分の意見を表明し、受け入れられなければ「要望」という形で「言い逃げ」しているにすぎず、そこには他の議員が直接意見を差しはさむことはできない。’, NULL, NULL, NULL, NULL),
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(‘現行制度がさらに錯覚を呼び起こしているのが、「討論」制度である。これは各議員の単なる一方的な意見表明にすぎず、双方向的な「討議」では決してない。その究極が「採決」である。これなどはもはや個々の議員の賛否の「単純集計」とも言うべきものに過ぎない。
こうしたことをもたらしているのは、意思決定に至るプロセスでの「議員同士の討議」がないことに起因する。そこに議会の「機関性」の欠如の大きな原因がある。
三つめは、議会からの政策サイクルといった場合、既に多くの先進議会が指摘しているように、決算を起点にすることが重要であり、決算審査で浮かび上がった課題を議会として吟味し、これを「政策」として予算に反映させるべく提言することである。そして予算審査で提言が反映されているか審査し、決算審査ではこれが的確に執行されているかを審査する。これが政策サイクルである。
ここで強調すべきことは、例えば決算委員会でそれぞれの委員が「要望」を当局にぶつけることがしばしばあるが、そもそも決算審査は過年度の行財政執行が「妥当か否か」という判断だけであり、「要望」など本来ありえない話であるうえ、議会が承認していない個人的な要望をそもそも当局がとりあげるはずはないことを気づくべきである。
こうしたところにも「機関性」の意識がまだまだ浸透していないことが現れている。
今後の生産性本部の議論には大いに期待するとして、いま強く思うのは、もう一度議会の「審査機能」を再構築すること、そこに機関性を強く主張すること、ここから自らが提言する政策が十分説明可能な程度に住民福祉への貢献度を量れること、こうした課題を解決する時に議会改革は新たなステージに突入すると確信する。それを甲府市議会で何としても実現したいと密かに闘志を燃やしている。