閉じる

本会議での質問に関する一考察

依然として議員にとっての晴れ舞台が本会議での質問登壇と考える向きが圧倒的に多い。が、本会議を傍聴した市民の中には、「朗読会みたいでつまらない」といった感想や「再質問が最初の質問よりよどみなくスラスラで、あの短時間のうちに答弁を聞き取って正確に再質問できる議員の能力に感服する」といった感想を寄せる方もいる。

議会における本会議は厳粛な場であり、そこでの発言は非常に重く、誤った発言や不適切な発言は議長の許可を得て本人から取り消しを願い出ない限り未来永劫議事録に残り、後世の市民が目にしたときに批判や失笑の的になる可能性が高い。

さて、本会議での質問戦は発言の通告制を採用しているところが多く、甲府市議会でも事前に発言要旨を通告し、当局の答弁作成に一定の時間を与えている。先に述べたように、本会議での発言は基本的に間違うことが許されないため、答弁も慎重にならざるを得ない。過去の状況を踏まえて行政執行に齟齬が生じないように、また質問に触発されて事業実施に踏み切る場合でも、よほどのことがない限り明確に「やります」という答弁はなされないのが通常である。

したがって往々にして「検討する」「他都市の状況等を踏まえて調査研究する」といった慣用句が使われる。その背景には、質問を受けて答弁するまでの時間があまりにも短いため、初めての提案に対しては調査の時間的余裕を確保するために、前述のような表現にならざるを得ないということがある。

委員会と違って本会議は「合意形成の場」であるという立場からは、少なからずかみ合わない印象を受けることが多いが、本会議の性格上やむを得ない。だから一回の質問で終わるのではなく、何回か追跡の質問をする必要がある、という識者の指摘は当然である。

甲府市議会ではこれまで本会議での質問戦については申し合わせにより、質問・再質問・再々質問と1項目について3回まで発言が許されている。この点についてはこれまで多くの誤解や認識不足があったように思われる。

本会議が前述のような厳粛な場であるとすると、当局も慎重に答弁調整のうえ万全の準備をして質問に対応する。質問の主訴を十二分にくみ取ったうえで現状に照らして齟齬のない答弁をする。質問に対してピントが全くずれた答弁や、全く答えていないいわゆる答弁漏れ、は最近の議会ではほぼあり得ない。

再質問や再々質問は、答弁漏れだったり、全く認識が誤っていたりする場合に議論を明確にするために認められているものである。自分が期待した答弁でないとして再質問、再々質問をしても、いったん出された答弁がひっくり返ることはまずない。何回同じ視点から質問を繰り返しても結果は同じである。質問回数制限を撤廃したところで同じ答弁が繰り返されるだけである。

この同一会期中に出された答弁は基本的に撤回されることはないということは、例えば甲府市議会で認められている「関連質問」でも同じ結果である。質問戦の最終日に全体として残り時間があれば、すでに終わった質問について関連質問が認められているが、前述したような答弁漏れや認識に誤りのある答弁でない限り質問者が替わっても答弁がひっくり返ることはない。この点についての無理解が多分にある。

話を戻して、再質問について認識すべきことは、答弁がなされてからこれが認識違いとか漏れとかを瞬時に判断して、その場で再質問するか否か、どういう切り口で再質問するかを決定していかなければならないということである。

質問席に着いた瞬間から質問議員の戦いが始まる。特に議場は対面式になっており、ある面質問席で孤独感を味うことが多い。後ろを振り返るわけにはいかず自己責任ですべて決して行かなければならない。

本会議がこうした緊張感ある厳粛な場である以上、やり取りが重く感じることが多々あるかもしれない。しかしそれはより重要な「合意形成の場」であることからの帰結であることを理解してほしい。

(‘保護猫1号 保護猫1号 でかくなった

(‘保護猫2号 保護猫2号 成長した