2022年が開幕した。
昨年は夏の東京都議選、続く衆議院選と皆様の圧倒的なご支援をいただき、公明党は大勝利させていただいた。心から感謝を申し上げ、また本年の立党精神宣言から60周年の佳節に、改めて原点の「大衆とともに」を生命の奥底に刻み込んでなお一層の精進をお誓いしたい。
市議会についても、昨年6月定例会で1年間の議長職を退任し、かわりに議会運営の中心的役割を担う議会運営委員会の委員長職を拝命した。念願の議会基本条例が6月に成立し、いよいよ具体的なオペレートの段階に入ったことを受け、その中心的な役割を果たす意味があった。
議会基本条例をつくった最大の目的は、議会が本来「合議制」の機関であり、「話し合う場」であることを規範として規定することにある。「委員間討議」「議員間討議」を規定し、今後はオープンな議論でしかも質の高い議論を実現しようという狙いがある。そしてこれまで長く批判にさらされながら明確な答えを出せなかった議会のあり方を根本的に変え、「役に立つ議会」という評価を確立することが最大のミッションである。
これまでの議会での物事の「決め方」は決してオープンな議論の末の合意形成という「成熟した議会」のあり方からは程遠い状態であった。いつの間にか決まっていてそれをいかに飲ませるか、が中心であったといっても過言ではない。伝統的な「長老政治」という日本政治の伝統的な側面は地方にあっても否定できない状況が初当選時には厳然と存在していた。
さて、「役に立つ議会」を実現する質の高い討議を行うための基盤は基本条例によって制度として確立された。だがこれは「ツール」であり、第一歩である。
問題は、その制度を動かす人材が重要だということである。PCもオペレーティングシステムがなければ、ただの箱である。同じようにオペレータが機能しなければ、どんなにいい制度でも役に立たないことは明白である。
だからこそ、これまで基本条例制定とともに、議員の「自己研鑽」の必要性を訴えてきたものである。現状から課題に「気づき」その解決のための何をすべきかを「自分で」考える。それが自己研鑽の中心的な中身である。
DIYという言葉が思い起こされる。Do It Yourself まず「自分自身で」挑んでいくという姿勢だと思う。対極にあるのが「依存心」ではなかろうか。両者の違いは歴然だ。どんな課題に直面してもまず自分で考える姿勢であれば自然と課題解決能力が磨かれる。これに対して、自分で考える努力をせずに他に解決を依存する姿勢は、次第に「主体性」を失わせ、「従属心」にむしばまれ、成長が阻害される結果となる。
これまでの長い経験から、とにかくまず自分で考え、苦闘することが成長の唯一の近道だと実感する。
これは、公明党の立党時の指針である。
議会においても同様ではないか。それぞれが自分で考え、その考えを議員同士でぶつけ合う。しかもディベートではなくダイアログ、すなわち「対話」という土俵の上で。
その繰り返しにより次第に議論力が磨かれやがては質の高い議論が実現できるのではないか。今年のテーマはこの「DIY」で課題に立ち向かおうと決意している。