G-QCX3G9KSPC
閉じる

河北新報のいちばん長い日

オリンピックが佳境に入り、東北出身のアスリートたちから、3.11被災地への熱いエールがしばしば聞かれた。東日本大震災はいまだに終わっていないことを改めて感じた。
あの震災を目の当たりにして、自分の無力を感じ、それでも何かできることはないか、と街頭募金に立ったことをいまだに記憶している。統一選の勝利に向けて懸命に支援者へのあいさつ回りに行っていた時期である。同じ国で大災害に苦しむ人々がいる状況下でとても選挙どころではなかったというのが実感である。しかし、遠く離れたこの山梨で自分に何ができるのか。ジレンマに陥っていたのが現実である。

1年たってもまだ気持ちの中でもやもやとしたものがある。そういえば、震災直後に被災しながら不屈の闘志で新聞を出し続けた河北新報社のことを思い出した。3月にテレビドラマ化された「河北新報のいちばん長い日」を買って一気に読んだ。

被災地に寄り添う地元紙というスタンスを保ちながら、奮闘するスタッフの生の姿が見事に描かれている。眼下の惨状を前に、報道することと救助との間に板挟みとなって苦悩する記者。また、原発事故で避難の業務命令に従った結果、自分は逃げたのではないのかと自問自答しいまだに答えを見つけることのできない記者もいた。
底流には、電気通信機器が必ずやられるのは大規模災害の常であり、だからこそ新聞という活字メディアこそが被災者の希望の光となるという、誇り高い使命感がある。

大規模災害を前にして誰もが無力感を感じ、それでも自分にできることを模索するという人間の生き方、同じ思いに立っているというシンパシー。そして現地の大変さを考えれば、四の五の言ってられない、という当時の自分の怒りに近い感情をこの本はなだめてくれた。
決して3.11は終わっていない。もう一度自分にできることを考えてみようと思う。

最近のコメント

表示できるコメントはありません。