本日、衆議院が解散され、12月16日総選挙が決まった。先の通常国会で社会保障と税の一体改革法案成立時に、「近いうちに解散して国民の信を問う」と総理が約束して2か月余りが経過してようやくである。
現在の日本の状況は、日を追うごとに悪化の一途をたどっている。円高、デフレによる景気経済の停滞。東日本大震災とその後の原発事故の影響。ようやく将来への国民の不安払拭のための社会保障の充実の議論の端緒についたと思ったら、党内のごたごたによる混乱。これ以上現在の政治の枠組みでは「国難」ともいうべき危機的な現状を打破することは、もはや不可能な状況に陥っている。
3年余前の政権交代時に、現在のような状況を国民が望んだのだろうか。バラ色のマニュフェストに国民の多くが実現を期待し、「一度やらせてみたら」と民主党に投票した国民は多い。また、基地問題を抱える沖縄の方々が普天間基地を「最低でも県外」に移設すると「公約」した民主党を支持したことは自然の流れだった。
しかし、どうだろう。マニュフェストは総崩れ。基地移設をめぐる時の総理の迷走は、近隣国からの外圧を誘発した。そして大震災への対応。一つ一つが、政権担当能力の欠如、危機管理能力の欠如をはからずとも露呈し、日本はどん底の状態に陥ってしまった。
そして、今日の衆議院解散。主権者である国民への「大政奉還」と私はとらえる。政権の座につくのであれば、もっと国民の塗炭の苦しみに耳を傾けるだけの人間性を磨き、さらに国民のための政策を企画実行できるだけの議員力を磨いてからにしてほしい。多くの国民は厳しい家計の中からなけなしのお金を、公のために使ってほしいと、「税金」という形で納めている。真に国民生活の向上、福祉の増進のためになら使っていいと、政治家に授権しているのである。
今回の総選挙。どの党が真剣に国民のために働いてくれるか、またそれだけの能力があるか、を厳しく見極めなければ、再び同じ轍を踏む危険がある。「一度やらせてみよう」にはもうこりごりである。