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守るべき普遍的理念

前回憲法記念日に寄せて、現在の憲法改正をめぐる動きに対して課題を探ってみた。手続き論ではなく、実体的な改正内容について、論点を明示して国民的議論を行うべきだと主張した。

憲法改正を巡っては、第9条をめぐる攻防が古くから知られているところである。私の大学時代にはすでに自衛権をめぐる議論があったくらいなので、40年以上前からずっと存在してきたことになる。

敗戦国日本。なおかつ世界で唯一の被爆国であることから、恒久平和に向けた決意が9条に結実した、と大学時代の憲法講義で学んだところである。日本にとっての普遍的な理念として、戦争放棄、戦力不保持などが規定されたと、当時は理解した。このことは今も自分自身の中で変わらない理解である

ところが、現在の日本を取り巻く国際情勢の変化、特に、ここ数年の領土をめぐる外圧などから、9条をめぐる動きが活発化してきたように見える。「抑止力」を背景とした力の均衡論による「平和」の維持なども主張されたりする。

こうした中で、月刊誌「潮」5月号の田原総一郎氏と憲法学者木村草太氏の対談が興味深い。田原氏は小学5年生の夏休みに終戦を迎え、先生たちがいう戦争の意義について、夏休み前と夏休み後では180度いうことが違っていたというのである。すなわち、それまでの戦争の正当化から一転して間違った戦争といい、氏は「国家は信用できない」と思ったそうである。この体験から、氏は、9条1項の戦争の永久放棄は絶対に守るべきという立場を貫いてきたと伺った。,

そして、軍事力がないから外交上弱い立場にあるという主張に対して、「外交下手のツケを9条に回すな」と指弾している。

「戦争ほど残酷なものはない」「平和ほど尊いものはない」。我々はもう一度この基本認識から出発すべきだ。そして国連を中心とした国際協調の枠組みの中で、平和の創出をリードする方向に向かうべきではないか。イデオロギーの争いを止揚して、一人一人の人間が主役の平和主義に改めて思いを起こすべきである。

こう考えた場合におのずと守るべき普遍的な理念の重要性が明らかとなると信じている。

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