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1年ぶりの代表質問

13日に新議場で1年ぶりの代表質問に登壇した。前夜から続くめまいの中、最悪のコンディションで迎えた代表質問であったが、何とか終えることが出来た。

今回質問の基本テーマに置いたのは、団塊の世代が年金受給年齢に到達し、本格的に「担い手」から社会保障の「受け手」に大量移行する今、社会構造の劇的変化に耐えうる地域づくりを考えることの重要性について、「担い手」にスポットをあて問題提起することにある。

社会全体を論ずるためには、最小単位である「地域」に焦点をあて、その活力をいかに引き出すかが論点となる。地域の現状をみればこれは明らかだ。我々の生活の場である地域は今、核家族化、共働き世帯の増加、高齢者世帯の急速な増加などを背景に、いわゆる「絆」が次第にルーズになってきている。

これはとりもなおさずコミュニティの弱体化につながり、勢いこれまでコミュニティがもっていた様々な有益な機能が次第に失われてきていることを意味する。これからの10年を考えると、いまここで手をうっていかなければ、これが一貫した私の立場である。

質問では、まず、現行の甲府市の総合計画をとりあげ、その基本理念である「協働のまちづくり」について今後も押さえておく必要をあぶりだすところから始めた。往々にして自己満足に陥りがちな「総合計画に基づく行財政運営」について、市民生活の向上という指標とリンクさせるべきことを指摘、市長から今後の計画策定にあたって「市民満足度」を測りながら進める旨答弁を引き出した。

続いて、ストレートに団塊世代の大量リタイアの時代に世代間でお互いに支えあう地域社会の構築について基礎自治体としての対応をただした。ダイナミックな社会システムの構築は社会保障制度という形で国が担うべき分野としたうえで、市民生活に直接関わりをもつ基礎自治体としての役割はやはり、地域社会に直接入りこんでその関係構築に動くべきという点に求められる。市では、子供から高齢者まで支えあう地域づくりのモデル事業を実施する意向を答弁した。

3点目が、防災を通じたまちづくりについて提言した。現在自主防災組織の結成を指導し、あわせて防災リーダーの育成を図っているが、これまでのとらえ方は防災という点だけに特化したものである。しかし、こうした防災リーダーが平常時に地域活動の担い手になっていくべきことを主張した。実に貴重な「地域資源」ではないか。

4点目は、河川愛護を通じたまちづくりについて質した。以前ブログでも取り上げた「錦鯉の放流」を事例として示し、放流を実施するまでにいかに多くの大人がごみ拾いや草刈りでかかわっているか、こうした河川の水環境保全の活動もふるさとを愛するまちづくりにつながることを指摘。子どもたちにこうした人の営みについて学ぶ機会を与えることにより、将来この子たちが自分の子どもに同じことを教えていくというストーリーを話しながら、ごみを捨てないという意識づくりが、実は地域への帰属意識を育てることから、当局からは沿岸地域が一体となった取り組みについて考えていくという答弁を引き出した。

最後にまとめとして、「協働のまちづくり」の在り方について総括的に質した。この「協働のまちづくり」というフレーズはあらゆる場面で使われているが、はたしてその真髄を分かったうえで使われているのか、疑問なしとしない。

一般的な概念としては、行政と市民が対等かつ良好なパートナーシップを構築しながらまちづくりを進めていくといわれるものである。実は、長い間当たり前のように考えられてきた行政依存のまちづくりに対するアンチテーゼである。まちづくりの主役を市民におき、自立した地域づくりを進めることにより、活力ある地域の実現を可能とする考え方である。

当然行政と市民の役割分担、そして、その役割の限界を理解しあうことが前提となること、これこそが真髄である。「行政の手の出しすぎ」、すなわち地域に任せるべき事柄までも「行政サービス」の名のもとに「介入」してきたことこそが、地域の活力を次第に失わせ、やがて市の元気を失わせてきたことに気づく必要がある。10年前、県庁時代「安全・安心まちづくり条例」を手がけたときに訴えた「パラダイムの転換」が今なお必要なのである。

今回の代表質問は超高齢化がきわめて速いスピードで実感される今後10年の甲府市を持ちこたえられるふるさとにするために提起したと自負している。誰かがこの時点で言わなければ、我々の次の世代に顔向けができないと自分自身に言い聞かせながら。

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