先日、相続にあたって非嫡出子の相続分を嫡出子の2分の1とする民法の規定を憲法違反とする最高裁の大法廷判決がでた。
判決が裁判官全員で構成する大法廷で言い渡されることが事前に明らかになっていたことから、違憲判決が出ることは予想されていたが、改めて違憲という判断が出ることに非常な重みを感じる。
30年以上前の大学時代に学んだ記憶から、違憲判決といえば、旧刑法のいわゆる「尊属殺人」の重罰規定を思い出す。刑法を学んだものならば誰もが知っていると思われるこの規定は、法の下の平等に反するものとして、憲法違反の判断が下された。
また、最近では、国政選挙の一票の格差が違憲だとする司法判断が記憶に新しい。
非嫡出子の相続分を嫡出子の半分とする民法の規定はこの法の下の平等に反するという判断が下されたわけであるが、民法制定当初の考え方はおそらく、正常な婚姻生活を破壊することにつながりかねない非嫡出子に対して相続にあたって不利益を課すことによって、正常な婚姻関係の維持を図ろうという狙いがあったと推察される。
今回、同じ「子」の立場から見れば、嫡出子と非嫡出子との間でなんら差異はなく、相続にあたって差別を設けるのはいかがかという判断が下された。子どもは親を選べず、親の事情でたまたま非嫡出子になったにすぎないものであるから、子の幸福を考えれば違憲判決は当然といえる。
だが、一方で複雑な感情を抱く方もいるようである。正常な家庭生活を崩壊させられたと感じる方にはどう映るのだろうか。難しい問題でもある。
いずれにしても、憲法の番人である最高裁判所で違憲判決が出た以上、国会で速やかに法改正の手続きをとる必要がある。公明党は判決後ただちに法務大臣に法改正手続きをという申し入れを行っている。当然の行動だ。
社会情勢の変化、時代の趨勢によってこれまでの制度が通用しなくなることがあることはもとより当然である。制度疲労を起こしていないかどうか、常に鋭敏な感性で見つめていくことがますます重要になってくる。