2014年も明けて1週間が過ぎた。我々の任期も4年のうち3年が経過しようとしている。時間の経過は年齢を重ねるにしたがってスピード感を増している。
月々日々に地方議員の役割の重さを実感しているところである。何よりひしひしと感じるのは、議員という市民の負託を受けた立場の重さと議会での活動、特に発言や議決についてのアカウンタビリティ、すなわち俗にいう「説明責任」を果たすことの重要性である。
議員にとって何よりも重要なことは議会活動である。いうまでもなく、立法機能を与えられている議会であり、様々な「制度創設」の権能を本来議会は有する。そして、議員でなければ議会活動ができないのであり、発生史的に「選良」と呼ばれて、市民、国民の「ために」その社会生活を規定する制度を創ったり、改廃したりする権限を与えられた。
だからこそその役割は重いのであり、その負託に耐えうる議会活動の「質」が求められる。そのためには、市民生活にとって「何が課題か」を見抜く力を日々磨くことと同時に、「自分の頭で考え」政策を組み立てる構想力を身につけていくことが必要である。さらにいえば、自分自身で考えた政策がどのような結果をもたらすかを「想像する力」がなければならない。
こうした、「自分で調べ」「自分で考え」「自分で構想」していく作業を積み重ねていくことにより、初めて責任ある発言や説明が可能となる。現在の制度では、議決は議員個人の意思表明であり、当然、「なぜかような議決をしたのか」は議員個人の説明責任の範ちゅうである。
このことを突き詰めて考えていくと、政策決定にあたって「先進事例を参考に」という安易な説明だけでは到底納得が得られないだろう。地理的条件や経済的条件、さらには人口構造などの社会的条件は全国一律ではない。「先進事例」参考方式が何をもたらしたか。答えは明白である。地方都市の安易な均質化、「没個性化」ではなかったか。
だからこそ、「自分の頭で考える」ことが求められてくるのではないだろうか。「自分たちのまちは自分たちで」まさに簡明に急所をつく考え方だ。議員はそのフロントランナーであるべきだと思うのだが。