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今年も防災訓練の日が

毎年8月の最終日曜日は市内一斉の地区防災訓練の日である。今日も地元地区の防災訓練にスタッフとして参加した。

地区内に県下最大の県営貢川団地を抱えていることから、ここ数年、2会場に分けて団地は団地だけで防災訓練を行っている。

メイン会場は、新田町、中村町の住民を対象に新田小学校であり、団地会場と併せて参加人員は988名であった。

防災訓練は何といっても、大規模災害時にどういうふうに被害を食い止めるか、どういうふうに乗り越えていくか、を住民一人一人が自分のこととして考え身につけていく機会ととらえるべきである。

これまで、いわゆる3助、すなわち、「自助」「共助」「公助」という言葉で、まず、自分の身の安全を図ること、次に隣近所で安否を確認し合って、被災している住民の救助に向かうこと、など、ライフラインが必ずと言っていいほど寸断されることが想定される中で、「生き延びる」ためには何をしたらいいのか、そのノウハウを習得することが繰り返し行われてきた。

阪神淡路大震災、東日本大震災という未曽有の大震災を経験し、大規模災害を乗り越えるためには、「誰かがやってくれるだろう」といった依存心を排し、まず「自分が」という主体的意思、当事者意識の醸成が重要と、これまで議会の場でも主張し、その結果、観戦型訓練から実践的参加型訓練へと市の防災訓練も転換してきた。

その背景には、自分たちのことはまず自分たちでなんとかしよう、というまちづくりの基本思想がある。特に大災害の時には、まず「自分の」安全を確保し、そして最小単位である「組」のそのさらに最小構成要素である「隣近所」で「安否を確認し合う」「助け合う」という最低限の連帯意識は必要なことは異論ないところだろう。

しかし、東日本大震災から6年が経過したこの時点で、再度防災訓練についてその狙いとするところを共有する必要があると思われる。

第一に、防災訓練はそれ自体が決して目的ではないということを考える必要がある。大規模災害に襲われたときにどういう危機回避行動をしたらいいか、どういうふうに乗り越えていくべきかというノウハウを習得する機会であり、「手段」である。

従って、訓練の成否そのものを問うのではなく、課題等を抽出してその解決策を共有することの方が重要である。

第二に、最も重要な点は、より小さい単位での安否確認である。自治会では「組」があり、組単位で、日ごろから万が一の際に集合する場所を決めておくこと、そして集合場所に姿を見せない世帯について直接確認に歩くこと。発災からより短時間で安否確認するためには、最小単位での安否確認が有効である。72時間という生存のタイムリミットの目安があるなかでは、機動性が最も要求される。

第三に、実際の場面では、例えば防災担当役員が被災することが想定され、避難所の運営も避難者の間で役割を決めてその任に当たることが要請される。だから、防災訓練では誰もがいざというときに役を担えるように「当事者」意識をもって参加する必要がある。

こうして防災訓練を振り返ってみると、この訓練がそのまちのまちづくりの成熟度、地域力を図る上で格好の機会となることを改めて実感する
今年の防災訓練 今年の防災訓練

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