2017年も残すところ1週間。時の流れは年を重ねるごとに早くなっていく。
甲府市議会議員となって10年が経つ。まちづくりのスパンはおおむね10年なので、この10年で甲府市がどう変わっていったか、自身の議員生活がどうかかわりを持ってきたか、振り返る必要がある。
10年前、議員としての出発点は「協働のまちづくり」にあった。全国で地方都市が元気をなくしている。「シャッター通り」という言葉が地方都市を象徴するものとして世に出回った。
地方を出て都会を目指す若い世代は再びふるさとへは帰らない。一層地方の衰退が進むという悪循環。
その大きな要因は何か。私ははっきりと「地域活動の衰退」があり、「担い手の減少」がこれに拍車をかけている、と指摘した。
およそ人間は他者との関係性なくして地域生活を営むことは不可能である。「地域において」共に住む以上は何らかの地域活動、コミュニティ活動と無縁ではない。
「地域」がこうした努力をやめ、他に依存するようになると次第に地域の中での人間関係は瓦解の方向に向かう。その結果必然的に地域の衰退へとつながっていく。
行政機関が「サービス」という名の飴をもって地域の肩代わりをするようになるのと時を同じくしている。課題解決の努力を回避するようになると地域自体がその活力を失う。結果が「シャッター通り」に象徴される地方都市のさびれぶりである。
国が法律を整備し、補助金や交付金を使って地方都市の活力を取り戻そうと懸命になったが、所詮は伝統的なまちづくり手法・概念にとらわれ再開発やハード整備に心血を注いでも思ったような効果は目に見える形では生まれなかったといえる。
もう一度原点に立ち返って発想を転換してみる必要がある。それが「協働のまちづくり」である。それは物理的なまちの整備ではなく、むしろ担い手の整備というソフト概念である。
端的にいえば「人」である。自分たちの住んでいるまちを自分たちでなんとかしよう、という「地域愛」に裏打ちされた地域活動の担い手の育成である。
地域の魅力をストーリー仕立てで語ることのできる人材を一人でも多く輩出させること。これこそが今後10年後の甲府市の目指す方向であるべきだ。
開府500年は一つのきっかけだろう。武田氏から現代まで500年という歴史の重みはそれ自体が甲府の大きな財産である。
この財産を我々の次の世代に付加価値をつけて引き継ぐこと。その中心となるのは地域を担っていく人材を育てていくことだろう。
今を生きる我々の使命はあまりにも重い。一層自身を磨き、自己研鑽し、次の時代への提言をしっかりとできること。求められる議員像ではなかろうか。
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