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議会の役割とは

臨時国会が開会中である。先日の衆参両院の代表質問が終わり、現在総理出席のもと予算委員会が開かれている。

毎回思うことだが、国の予算委員会は中継等を見ている限り、提案された予算案に関する審議は短時間で、それ以外のいわば一般所管事項の審議が圧倒的に多い。

今回も補正予算に関する質疑は特に野党はほとんど無に等しく、相も変わらず政治とカネと称した内容のない質疑が圧倒的に多い。

中には単に政権憎しという感情丸出しの質疑に終始する委員もいる。基本的には国民の福祉増進のために様々議論し合い、着地点を見出すのが合議制機関である国会だとこれまで思っていた。

だがその認識は改めなくてはならない。見ている限り、国民のために何の利益があるのだろうか、とがっかりするものばかりである。しかも野次を飛ばして行儀の悪い子どもを見るような場面も多々ある。

しかも議論をより深堀するために設けられた発言通告制度を無視して、通告外の事項を平気でぶつけて答弁を迫るという、揚げ足取りの質疑も散見される。

国会は国民のために議論を戦わせる場であり、議論を通じて国民のための合意点を見出すのが民主主義である。通告外の事項を発言して、答弁につまる場面を何としても作り出したい、特にテレビ中継が入ったときには立ち往生する姿を何としてもつくりたい、という本筋から外れた態度に終始する事が多いのではないだろうか。

実にお粗末である。これで国権の最高機関と呼べるだろうか。尊敬の念が湧かないのは一人私だけではあるまい。

予算と何の関係のない事項にだらだらと時間を費やすことにどれだけの経費が浪費されているだろうか。1日あたり、億単位の税金が使われるという試算もあるようだ。

こんなことを考えると益々政治不信が増長される気がしてならない。自分に甘く、他人の咎は徹底的に批判する。これでは全く議論にならない。

国民のためという目的観が確立されていない限り、議会の役割を見失ってしまう。国民の一人として猛省を促したい。
夕暮れ時の平和通り(市役所南の歩道橋から) 夕暮れ時の平和通り(市役所南の歩道橋から)

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