G-QCX3G9KSPC
閉じる

4期目のスタートに当たって

元号も平成から令和に変わる5月1日から甲府市議会議員の新たな任期がスタートする。私にとっては4度目の4年間のスタートとなるが、これまで以上に意義深い任期になると思われる。

自身にとって大きな試練となったのは言うまでもなく8年前の東日本大震災直後の市議選である。我が公明党は、前年に私一人現職で残り4人は新人という非常に厳しい選挙を戦うことが決定しており、支援する皆様にはスタートから多大なご苦労をおかけした。

2期目のジンクスを言われ、しかも先輩は皆勇退し、頼る存在はいない状況。そこへこれまで経験も予想もしなかった大きな災害が襲い、無力さに打ちのめされ、このまま悠長に選挙活動などしていていいのだろうか、という呵責の念に自問自答の繰り返し。

塗炭の苦しみを味わっている被災者のために何かできる事はないか。街頭募金活動をやろうという声が上がったのは自然の流れだった。しかし、残念な人間が身近に現れた。この大災害に自分のことしか考えないような人間である。その後とんでもない人物だったことが分かる。震災は偽物をあぶり出した。

多くは語らないが、この時に支援者の皆様との間に生まれた深い絆が3期目、4期目の大勝利の大きな要因となったことは間違いない。

今回の選挙戦を通じて今更ながらに実感するのは、地道に誠実にコツコツと取り組んでいく事が大事であり、皆さんはそういう姿をしっかりと見てくれているということである。

地域のために、子どもたちのために懸命に汗を流すことはもちろんのこと、我が党が打ち出してきた「大街頭演説運動」も地道に取り組んできたからこそ、「いつも県本部のところで街頭に立っていた人ですよね?」と面識のない人からも温かい声をかけられたこともしばしばある。

また、ブログやツイッター、フェイスブック等も活用して、議員である以上、どのような議員活動をしてきたか、どのような政治的な意見を持っているのかを発信することに努めてきた。

平和安全法制が国政で大きな争点となったときも、学生時代に学んだことを基に今の国際情勢に即した見解を発信し、多くの方から賛同をいただいた。

1人残った8年前から今日まで、いやがおうでも「自分で考え、行動」しなければならなかった。県庁時代に先輩から「お前の後ろには誰もいない。だから踏ん張って他人に頼らず自分ですべての答えを出せ」と厳しく訓練されたことを自身の戒めとして今でも生命に刻み込んでいる。

そのためにこれまで週1冊のペースでいろいろな書籍を読んで勉強してきた。田園回帰や関係人口、地域内で経済を回すこと、議会改革など、今まさに課題となっていることを研究した。

常に考えていることは、市民福祉の増進のためには自分が何をすべきか、何が出来るか、であり、自分で苦悩しながら答えを見つけていかなければならない。

令和元年の新しい甲府市議会は中核市元年でもあり、それらにふさわしい名実ともに自分で考え、自分の言葉で議論し、自分で着地点を見つけていく、成熟した議会へと成長する意義深いものとなるだろう。

そのための議員一人ひとりの役割は重要だ。

(‘開府500年幕開け 開府500年幕開け

最近のコメント

表示できるコメントはありません。