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議員に求められるもの

先日、2校の高校生との意見交換会を終え、年明けのもう1校を残すところとなった。今回は18歳選挙権ということもあり、またこれからの社会の担い手として期待される高校生とのワークショップを通じて、今後の甲府市づくりのヒントをつかもうという狙いがある。

1校は甲子園出場を何回も果たしている私立高校であり、県外出身の生徒も多く在籍している。多くの生徒が、交通機関の点に言及し、また「遊ぶところ」があれば、という話をしていた。

交通機関の点は通学に利用する電車の本数の少なさであったり、帰省する際の乗り換えの多さであったり、大都市に比して圧倒的に格差を感じる地方都市の現状を的確に言い表している。

また「遊ぶところ」について意外にも「映画館」という答えも返ってきた。大規模商業施設が隣の昭和町に立地しており、時間をつぶせる場所といった意味では、こうした商業施設があれば、という答えが圧倒的かと思ったが、必ずしもそうではなかった。

卒業後も甲府市に残るか、という点も気になるところだったので県外出身の生徒に投げかけたところ、「故郷に戻りたい」との答えが返ってきて逆に郷土愛を垣間見た思いである。

残す1校との意見交換会もまた楽しみになってきたが、これら3校の高校生との意見交換会を通じて、さて甲府市議会がどのような「気づき」をするか、がこれからの焦点となる。

意見交換会は単なる陳情の場ではなく、「対話」を通じて現状の中からいかなる政策課題を見出すか、が求められるところであることは、これまでに述べてきたところである。だからこそ議会にとって意見交換会は市民のための機関であることの必須の「装置」である。

意見交換会で得られた政策的「気づき」は、予算・決算での審査の視点となり、また現状不足する政策について議会が立案・提言することにより「議会から」の政策サイクルの起点となるべきものである。

これまでは、「市民の役に立っている」議会とは、という視点からの課題意識が残念ながら希薄であり、執行当局からの議案について是非を論ずる以上の議論はなく、結果として、政策決定への関与が意識されずに伝統的ともいうべき議会観が何の疑いもなく当たり前のものとして長い間君臨してきた。

政治学でよく論じられる地方ボス政治という概念がある。会派による議会活動が大部分である地方議会では様々な調整はそれぞれのボスに委ねられ、通常は最大会派のボスがその中心的な存在として会派間の調整に当たってきた。当局による「議会対策」は裏を返せばこうした状況を利用し、最大会派に事実上調整を依頼してスムーズな行政運営を行おうとするものである。

だからこそ「よらしむべし、知らしむべからず」という表現があるように、ごく一部での決定が議会全体での決定へと当然のように置き換えられてきた。

こうした状況を続けるとやがて議会が自分たちでものを考え、話し合って自分たちで決めていく、という本来の姿を見失う結果となる。議会改革というのは、別に新たな仕組みを創るというよりも、本来あるべき機能に気づき、全体で共有していく作業であるべきだ。

昨年から生まれている甲府市議会での新たなうねりは、出された料理にあれこれ注文を付けるだけの状態から、自分たちで料理を作っていく、という、伝統的な議会観を打ち破るパラダイムシフトを巻き起こそうというものである。

5月の臨時議会の長期の会期設定と設置した特別委員会での「議員だけで」の議論と政策形成は、まさにこうしたパラダイムシフトの試みであり、昨年からの意見交換会もまさに議員が対話の中から「気づき」をしていくための取組みである。

こう考えたとき、もはや伝統的な議会観では早晩行き詰まることは必至であり、いかに政策課題を見出すことができるか、そのスキルを一層磨いていくことがますます求められるだろう。

大事なことは、市民にとって役に立っている、という評価を受けるような議会へと「成熟」していくこと。そのためのスタートラインは議会が市民意見を直接吸い上げ、そこに横たわる政策課題を多様な民意を背負っている議員同士が議論し合い、政策形成へと収斂していくことを可能にする「仕組み」づくりである。この仕組みをつかった政策形成を繰り返すことが、成熟した議会であり、市民からは「役に立っている議会」、という評価を得ることができるのではないか。
今年の元朝 今年の元朝

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