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RI請願審査への私見

12月11日、甲府市議会総務委員会が開かれ、前日付託された議案の審査及び請願の審査が行われた。

9月定例会に引き続き、総務委員長としての2度目の委員会である。今回の大きなヤマは、今定例会に提出された、「市立甲府病院の放射性医薬品過剰投与問題に関する早期解決の請願」である。

この問題は、2期目がスタートして半年後に病院の発表により露見したもので、平成11年から23年までの12年間にわたり核医学検査の際に、推奨投与量をはるかに超える放射性医薬品が15歳以下の患児に投与されたとする、当時の社会を大きく揺るがした問題である。

おりしも東日本大震災直後の福島第一原発事故を契機に、目に見えない放射線に対する恐怖が日本全土を覆っていた時期である。時を同じくして、たとえ医薬品であっても放射性物質を基準量を超えて、しかも小さな子どもが浴びていたというのである。

保護者が受けた衝撃。そしてわが子はこの先どうなってしまうのか、という絶望感。子を持つ親であれば誰もが同じ痛みを感じたに違いない。

投与された放射性医薬品がたとえ半減期が極めて短いから、といわれてもはたして健康被害を引き起こさないと言い切れるのか。しかも特異的なのは、本来生命を守る施設として疑うことのなかった「病院」のなかで起こった「ありえない」事件であるということだ。

今日までの3年間、被害家族の皆さんは「過剰投与内部被曝被害者の会」を結成し、言いようのない不安感と戦いながら、真相究明としかるべき措置を求めて行政と粘り強く折衝してこられた。

この間、議員との懇談会も何回か行い、当会派からは唯一の女性議員である植田議員に出席をお願いしてきた。

その結果、真相究明のための第3者機関が設置され、今年の3月にその調査報告が公にされ、被害者側に対する説明と謝罪が行政に対して勧告されたものである。

当然、医学的な知識に乏しく交渉事にも全く無縁である一般人ゆえ、医療過誤事件を手がけてきた専門の弁護士の助けを借りなければここまで来られなかったことは紛れもない事実である。

これまでの交渉過程で、被害者の会は、問題の早期解決と過剰投与により受けたいわれなき精神的苦痛に対する慰謝料及び過剰投与さえなければ本来負担することのなかった活動費用の誠意ある支払い、を要望してきた。

しかしながら、なかなか難航し、なおかつ現市長は既に次の市長選に出馬しない旨を表明しており、市長交代によりさらに交渉が長引くことを危惧したことから、今回の請願に及んだものと受け止めさせていただいた。

請願事項は、(1)問題の早期解決を図ること、(2)被害者及び家族に対して、その状況をくみ取り、慰謝料等の支払いを検討すること、の2点である。

被害者の会から請願を提出したいとの相談を受け、説明を聞かせてもらった。請願を議会に提出するには何人かの紹介議員が必要であるため、全会派にお願いに回っているとのことである。

当初案に対して、議会は司法機関ではないという観点からの問題点を率直に指摘し、再考して頂いた結果がこの日の請願であり、紹介議員に署名することによって自分の立場を鮮明にした。なぜなら、「委員長」という立場は、委員会での意見表明及び表決に加われないという「事情」があるからである。

この日の委員会も想定通り、現在双方で交渉中の事案に対して議会が関与することはいかがなものか、という意見が出された。特に慰謝料「等」という文言をとらえて、内容が不明確であるという趣旨の発言もあった。

おそらく「活動費用」については争いがあり、「等」のなかに含まれるならば、一方に加担することになり妥当ではない、という理屈だと推察される。結局採決の結果、「継続審議」となり、結論は3月議会以降に持ち越しとなった。

委員長席で、時折発言したくなる衝動をぐっと堪え、約40分間の各委員の議論にじっと耳を傾けた。意見表明ができないフラストレーションがこれほどまでに高まったのは久しぶりである。

委員会における意見表明ができないこともあり、なぜ本請願に賛意を表明したか、説明責任のうえから以下に理由を留めておきたい。

(1)2元代表制のもとでは、議会は当局の行政執行を監視、チェックする機関であること。今回の件が当局と被害者の会とのいわば「法的な争い」の状況であるとしても、当局の対応を常に監視し続ける機関が議会である。ただ、司法機関ではないため、裁判所の命令のような行為はできない。例えば、慰謝料をいくら支払えとか、具体的な指示はできない。

(2)しかしながら、今回の件について言えば、慰謝料については、額の点は別として支払うことで双方争いがない。従って議会として当局に対して「お互いの納得が得られる慰謝料の支払い」の検討を促すことは可能である。

(3)当局との折衝や署名活動その他この問題の解決を図るために行った諸活動に要する費用については、いわゆる「損害賠償的な」性格を持つと考えられ、過剰投与行為に起因する損害と認定されるか否かについては、議会として判定はできない。当事者同士の交渉にゆだねる部分と思われる。しかしながら、過剰投与行為が市立甲府病院内で行われたことはまぎれもない事実であり、仮に過剰投与がなければ、こうした活動をする必要がなかったことを考えると、当局に対して支払いの検討を促すことは、議会として当然出来るはずである。

(4)こうしたことから、請願事項の2点目の「支払いを検討すること」という文言は、議会として出来る範囲内のことを要望しているものであり、拒否すべき事項でないことは明らかである。

(5)本件の当事者は、一方が行政、他方が個々の市民であり、その力関係は圧倒的に行政優位である。いわば小さなアリが巨大な象に立ち向かっている図式であり、決して対等な関係ではない。この点は委員の一人が指摘しているとおりである。被害者側が多額の時間、費用をかけなければ自分たちの要望活動ができないのに対し、行政側は専従で対応する職員を配置することができるうえ、顧問弁護士も常備している。行政側職員にとって被害者対応は「仕事」の一環であり、給与の支給対象である。だが、被害者側にとって、行政との交渉行為はお金にはならず、かえってその経費について自腹を切らなければならない。この点で決定的に不利である。 だから「当事者」を同等に扱うのはかえって不公平である。

(6)危惧するのは、ここ数年病院側の努力もあり、経営状況が好転しつつある現在、病院側の対応に市民からの不信が募るようであれば、「風評」となって患者の足が遠のくことにつながりかねないことである。

いずれにしても、発端は、病院という命を預かる現場で起きた「過剰投与」という本来ありえない行為が長い間行われてきたことである。この点から出発すれば、もはや議員として取るべき行動は自ずから明らかだろう。

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