所属する環境水道委員会の行政視察が10月5~7日の日程で行われた。
今回の視察項目は、京都市の(1)琵琶湖疎水について、(2)上下水道施設における再生可能エネルギーの活用について、(3)南部クリーンセンター(さすてな京都)について、愛知県豊田市の(1)ゼロカーボンシティに向けた取り組みについて、(2)衛星データを活用した水道管の漏水検知について、である。
初日、2日目と京都市で調査し、3日目の午前中に豊田市で調査し帰路についた。それぞれの項目について順次振り返りたい。
まず、琵琶湖疎水である。明治維新直後の京都復興の切り札としての事業であり、今回日本遺産登録と絡めて説明をいただき、改めて100有余年維新後の京都とともに生活に欠かすことのできない資源として歩んできた歴史の年輪を感じさせた。
平安京以来約1000年もの間日本の「首都」として栄えてきたが、明治維新の東京遷都により、一時衰退の一途をたどった。
1881年京都府知事に就任した北垣国道により京都復興の切り札として、琵琶湖と京都をつなぐ人工水路建設が決定し、これが京都疎水と呼ばれるものである。その工事主任に任じられたのが、義理の息子である田辺朔郎であり、約20kmの第1疎水工事が途中新手法である、竪坑方式を採用してトンネル部分の工事にあたり工期短縮を図ったとされる。気の遠くなるような難事業だったが、5年の歳月を経て明治23年に完成した。その後の第2疎水事業と合わせて、総延長約30.7kmの琵琶湖疎水が完成供用された。
琵琶湖疎水は舟運・灌漑用水としての用途のほかに、水力発電による路面電車の開業にも貢献し、我が国の近代化を伝える貴重な産業遺産でもある。現在でも水道用水、灌漑用水、工業用水を供給しているほか、現在は日本遺産に登録され、沿線に存在する関連施設を「フィールドミュージアム」として一体的にとらえ、「舟に乗っても、沿線を歩いても楽しめる」施設として未来につなげていくべく取組みを進めている。
注目したのは、インクラインと呼ばれる傾斜鉄道である。蹴上船溜に到着した船をそのまま台車に乗せて、542m、高低差36mの傾斜鉄道で運ぶもので、蹴上発電所の電力を利用している。琵琶湖からの疎水の水を余すことなく利用して全体が有機的に連関し合って画期的な事業だったに違いない。
舟運は他の交通機関の発達により衰退していったが、インクラインは観光スポットとして、また疎水船の運航によって、沿線一帯の施設がまさに「フィールドミュージアム」として顕現している。
今後インバウンドの再開によってより一層の観光客でにぎわうに違いない。こうした人の営み自体がそのまま資源となっていまでは日本遺産として再構成され提供されている。
こうした日常生活に不可欠なインフラも様々な視点からの価値を付加することによって見事に人を引き寄せる資源に生まれかわることは本市にとっても大いに参考になる。